インタビューvol.3 八幡屋商店 郊見真理子さん
白河四丁目にある創業103年の老舗ソース会社「八幡屋商店」さん。もともとは茅場町で営んでいた工場を28年ほど前に現在の住所へ移転。今回は4代目の郊見真理子(こうみまりこ)さんにヤハタソースについて詳しくお話を伺いました。(2016年8月)
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ソース屋を継ぐの、イヤだなと思ったのは幼稚園生のとき
「ソース屋継ぐのイヤだな」と思ったのは幼稚園のときですね。もともと住んでた茅場町って周りは自営業の家が多いんですけど、みんなこう…ガラガラーッて横にスライドして開けるタイプのドアだったんですね。でもテレビとかで見る「ふつうの家」ってガチャって開けるタイプじゃないですか? だからもうそのときから自営業コンプレックスだったんですよね。
ー 自営業コンプレックス。
そう。ソース屋なんて、そんなかっこいい仕事でもないし、いいイメージもない。わたしは長女。妹はいるけど「ああ、わたしが継ぐのか」と思ったときが幼稚園でしたね。
ー では、どこで継ぐことを決めたんですか?
特に「継ぐ!」と宣言したことはなくて、21歳のときかな。大学4年の夏休みに父親の配達を手伝ってたんですよ。でもなんか夏休み終わったあとも卒業しても続けていて。いや、本当は就職する予定だったんですよ。
ー 大学では何を勉強されていたんですか?
大学は英文学科。実はうちの父親も大学で航空勉強してますし。
ー ソース屋を最初から継ごうとしていたわけではないんですか。
そうですね。結果としてヤハタソースに行き着いてる。まあうちは製造をするのがメインなので「やってけるかな」みたいな、不安はありました。今はソース業界的にもどんどん縮小してるんで「どうしようかな」って。自分が製造していけるかっていう不安はあったんですけど、気づいたときには継いでましたね。
清澄白河に引っ越してきて20年以上、だけどまだまだ若造
ー 会社は創業何年ですか。
103年です。うちの曾祖父が会社を作ったんですけど、ルーツは岐阜県にあって。郡上八幡の「八幡(はちまん)」から来た「ヤハタ」なんですよ。
ー あ、では富岡八幡の「八幡」ではないんですね。
そうそう。わたしの旧姓・八木も関西の名前ですしね。曽祖父は東大を出てるんですよ。学校の先生をやめて、ソース屋さんで勉強してはじめたんです。
ー 茅場町から清澄白河へ引っ越してきた理由は?
再開発っていうのかな? まあ、どうしても立ち退かなくちゃならなくなって。それで「車道の幅があること」と「住宅地から離れているところ」を条件に探して、ここをみつけたんですね。うちはここに引っ越してきて20年以上経ってるけど、それでもこの通りでは一番若造。まわりはもっと古いガラスや木材の会社さんたちですね。
ー ここ、工場なんですか!
近所の人たちも、ここでソースを作ってると思ってる人は少ないからね。「何屋なの?」って聞かれることもあります。1階は詰めるところで2階が製造場です。
ー たしかに、1階だけ見たら何のお店かわからないですね。
まあ、そうですよね。江東区と台東区はもともとソース屋さんが多かったエリアみたいだけど、江東区はもう2社しかないですし都内のソース屋さん全部合わせても15,6件くらいしかない。全員がソースを作ってるかと言われるとそうじゃなくて、下手すればほとんどの会社がソース以外のものを主力で作っているんですよ。
会社の人数としてもうちは国内のソース屋さんで一番小さいかな。みなさんもっといろいろやられてますからね。キムチ鍋のもととか焼肉のたれとかカレーのもととか。いっぱいありますよね、トマトソースとか。
ー そうだったんですね。製造してるにしては、ここはあんまり匂いがしませんね?
あー、でもアライズコーヒーエンタングルの松本さんは、すぐそこの道の角を曲がってくるときに、匂いで分かったみたいですよ。(笑) まあうちの製法の関係もあるけど、そんなに匂いしないですよね。もうちょっと大きな工場になると匂うんでしょうけど。
ー …ところでこの缶の前にあるカートは?
ああ。いたるところにカートとかエンジンあるから気をつけて。(笑)これは、もともとは父親の趣味でわたしも始めたんですけど、中学校の時に買ってもらってたまに乗ってて大学卒業してからしっかりやるようになって。で、ここに置いてるんです。
ー なるほど。ソースとカート…。
1缶で21kg、ソース屋は力仕事!?
ー 1階はソース置き場なんですよね。
そうですね。えーっとまずこれがフルーツソース。フルーツソースはうちのほかあと1軒くらいしかやってないんじゃないかな。うちは瓶だと6種類ソースを作っていて…フルーツソース、ウスターソース、とんかつソース、ミックスソースなど。とんかつソースが一番やわらかいかな。洋食屋さんにミックスソースは人気。
ー パッケージは瓶と缶があるんですか?
業務用メインなんで、一升瓶かポリ容器か缶、あとは小売用の小瓶。ポリはうちに戻ってきてリユースするんですけど、これ見てください。わかります? 切りイカが付いてるんです。(笑) おこのみやきさんから返ってきたやつなんですよね。だからたまにキャベツとか付いてるときとかあって。まあ、うちで洗うんでいいんですけど。
ー 一升瓶を買っていく人はどんな方たちですか?
業者さんも来ますし、ご自宅でお母さんとかが醤油とかソースを移し替えるようなかんじで一般の方も買いに来られますね。近所でもちょこちょこ買いにくる人がいたり。
ー この缶って結構量入りそうですがどれくらいの重さあるんですか?
1缶で21kgちょっとかな。1度に作ったものを全部詰めて移動すると…3トンくらいか。
ー 3トン!?それはすごい。全部機械を使わずに、ですか。
自力ですね。相当、腕力つきましたね。(笑)うちの主人は太くなって胸板が厚くなって手が伸びました。わたしはもともとモータースポーツやってたんで、大丈夫でしたけど。
ー す、すごい。
あ、でも大学4年のとき最初にあの缶持ち上げたときは、つらかったですね。2回目からはなんとも思わなかったけど。(笑)
ソース作りからパッケージまで、究極の手作りソース
ー ヤハタソースさんは小売もしてるんですか?
そうですね、アライズコーヒーエンタングルさんに置いてもらってます。はじめたのは昨年からなんですけど。アライズができたときオーナーの林さんがヤハタソースのTwitterをフォローしてくれて、それで遊びに行ってみたんですよ。そしたらうちのお客さんの知り合いだってことがわかって。林さんと話してるうちに「小瓶(小売)やらないの?」って話になって「やってもいいけど金額がけっこうしますよ?」って。
小瓶をやるにあたって中身は一緒なんですけど、キャップも瓶も探すの大変で。たとえば色のイメージとかもあって、やっぱりソースは白か赤なんですよ。それで探してもらいましたね、時間かかったんですよ。あとは瓶を作ってる会社は国内に6社しかないらしくて。大変でしたね。
ー なるほど。中身の話になるのですが、どうやって作っているんですか?
大きい工場なんかは液体(ソース)をチューブ状のものをポンプで送り込んだりするんですけど、うちはお釜で作ったソースを2階からの落差で落としてくんですよ。なので1階は詰める場所なんです。そう、このタンクに落としていくんです。
1回落として落ち着かせたあと「上澄み」をつかうんです。ワインと一緒で「オリ」がたまるんですね。ワインだったらぶどうのカスとかですけど、ソースの「オリ」の正体は香辛料。なのでオリがたくさん入ってると濃すぎちゃうんですよ。
ソース会社それぞれ同じ原材料を使っていたとしても、製法とか熱のいれかたが違うので味はかなり違います。うちは調理法としては古い方だと思います。いまだに唐辛子を煮て辛味を抽出していますしね。
だからウスターソースもうっすら赤いんです。ここに赤い線ができるんです、わかります? これ唐辛子なんですよ。 唐辛子は高いし煮る時間がかかるので、コストを下げるために使わないところが多いとおもいますね。香辛料の代わりになんとかエキス使ったり。
ー そうなんですね。知らなかったです…!
どんなにソースと向き合っていてもやっぱりソースが好き
ー お休みは土日ですか?
そう、土日が休みですね。ボイラーとか音するから土日は作業しないようにしてます。
ー 基本的に平日毎日ソースを作ってるんですよね。
まあ毎日製造しているわけじゃないんですけど、ソースを作ったら手で詰めなくちゃいけないので、それが大変ですね。ウスターに関しては、月曜日に仕込みして火曜日製造したら水曜日はずーっと混ぜて、木曜日にやっとお酢をいれて、落ち着かせて、次の水曜日くらいからパッケージに入れたりする。
ー そんなサイクルがあるんですね。
そう。で、作ったものをはかりではかって、ならべて、冷えたらパッケージにいれる。缶のソースだけは熱いうちにいれる、殺菌性がいいんで。で、冷えたらレッテル(ラベル)を貼って。全部手で貼ってるんで、たぶんずれてます(笑)
ー 大変な作業を、本当に手作業でされているんですね。1回にどれくらいつくるんですか?
1回で10石。1800リットル。ものによって出来高は違うんですけど。
ー シーズンで何か違いはありますか? 配合とか。
そうですね。全部原材料の量とかはシーズンとか湿度とかで変えますね。今年は暑いんで、湿度が高い設定の分量で調整していますね。
ー そこらへんは職人のカンですか?
まあ父親から全面的に習っているわけじゃないんで、ちょっとずつ計算しながら変えて「塩分濃度変えようかな」「たまねぎ10個いれようかな」とか調合しながら料理する。毎回同じように仕上がってくるわけじゃないから。「今年トマト固いな」とか、香辛料も砂糖も子どものときより味が変わってるし、そういうのを加味して調合しますね。
ー 作ってるうちに「もうソースみたくない!食べたくない」とかならないんですか。
全然ない! 今まで一度もないですよ。むしろ小さい娘がいるからお好み焼き屋さん行けないのがストレス。(笑)みんなそうじゃないのかな?
ー すごい! 天職ですね。(笑)
ソース屋がおすすめする、おいしいソースの食べ方
ー ソースってどう使ったらおいしいんですか?
うーん、いろいろあるんですけど。おすすめはソーセージ。ソーセージを茹でる・焼く・揚げるなどしたやつに、ウスターソースをかけるっていう。たぶんみんなマスタードのイメージがあると思うんですけど、ソースをかけると油がおちてスッキリするんですよ。
ー 揚げ物だけじゃなくて肉にも合うんですね。
そうそう。あとはカレーとかミートソース。ミートソースにちょこっといれると香辛料がいい仕事するんでいいですね。トマトにウスターの味が勝っちゃうんで量は少なめがいいと思います。カレーは追いソースもおすすめ。そうするともうちょっとしまりがでるというか。煮込みよりもしまりがでる。焼きそばもいいんですけどね、だいたいくっついてるふりかけのソースでつくると思うんですけど、それの「水」を抜いてつかえばいい。
ー な、なるほど。
あとはトマト。トマト薄くスライスしてウスターかけて上白糖かける。醤油ものがいっぱい並んでるときなんかにおすすめ。香辛料分の関係なのかな、うちのだとこれおいしい。トマトとの相性はわりといいと思うんだけど。とんかつはとんかつソースもいいけど「ウスター」がおすすめ。
あと珍しいのだと…コンビーフを薄く切ってソースに浸すとおつまみにいいんです。結局”脂とうまみ”との相性がいい。酢と香辛料が入ってるので、素材の旨みをひきたてるんですよ。お寿司の酢飯が素材を引き立てるみたいに。醤油系の煮物に使うのもOKなんだけど、まあわざわざ醤油の領域をおかさなくてもいいと思う。(笑)
ー すごい、次々でてきますね。(笑)
清澄白河のいいところ
ー 最後に、清澄白河で一番好きな場所を教えてください。
え!? ない!
ー ないんですか!(笑)
いや、そうだな。アライズさんへ行き始めたら近所の知り合い増えたんです。それはすごいよかったと思ってます。
ー おお!
というのも、うちの父親は小さい頃八丁堀の喫茶店に通っていたんですね。そこのお店をつうじて繋がりが増えていったり。昔ってそういうのがあったんですよ。それに近いコミュニティがあるっていうのは、清澄白河のいいですよね。ここらへんに住んでる人たちの性質っていうか。うん、そういうところが好きです。
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